田中外相の進退を占う。
「篭城事件」や「遅刻(指輪)事件」が大々的に報道され、このところ田中外相の周辺が慌ただしくなっています。田中外相と事務方との対立、首相官邸との対立はさらに深刻化しています。
これらの事件の前にも、中曽根元首相や民主党の菅直人氏など、田中外相の更迭論を念頭において、小泉首相は内閣改造をすべきと発言をしています。このままでは田中外相の資質の問題だけでなく、任命した小泉首相まで批判が波及しかねない勢いです。
ところが、いたって本人は元気なようです。テレビなどに出演して続投に意欲を示しています。
一体なにがどうなっているのでしょうか。そこで、この間の外交を見てみましょう。
北方領土問題では田中外相は四島一括返還論を唱えていましたが、先日の上海での日ロ首脳会談で、二島並行協議にまとまりつつあります。この背景には、森前首相、鈴木宗男氏のはたらきかけがあったといいます。
また、首相の靖国参拝も、田中外相は中国に義理立てする立場から反対でした。ところが、福田官房長官が独自ルートから中国側の真意をさぐっていたといわれています。その結果にもとづき、小泉首相は前倒しで参拝を決行するはこびとなりました。
さらに、田中外相はパキスタン訪問を「汚いところはイヤ」といって拒否したといわれていますが、その後、鈴木宗男氏や橋本元首相、森元首相などが特使としてイスラム諸国に派遣されています。
つまり、田中外相の意向に反していることについては着実に前進しているのです。恐らく、外務省の事務方はここぞとばかり積極果敢に働いたのでしょう。
このようなありさまでは、田中外相はいない方がいいということになります。それでは、田中外相は更迭されてしまうのでしょうか。
小生はかならずしもそうとはいえないような気がします。小泉内閣は支持率が生命線の政権といわれています。田中外相を更迭することは、結局は派閥に支配される政治に逆戻りしたととられるでしょう。これでは支持率を落とすことになります。
それに、道路公団の問題で「抵抗勢力」が活気づいています。小泉首相としては弱味をみせられないでしょう。
また、田中外相を内閣から外していまえば、あちこちで言いたいことをいうでしょうから、虎を野に放つことにも繋がりかねません。
そのような観点に立てば、田中外相のかわりになるような人物がいれば別でしょうが、更迭や内閣改造にともなう交替は難しいともいえましょう。
いずれにしても何かあるとすれば十二月でしょうから、この間の田中外相の進退問題を占ってみることにしました。
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十二月までの田中外相の進退問題を占う。
天地否の初爻を得た。



これは難卦です。どういうわけか小生が占うとこの卦がよく出ます。(フジモリ大統領の末路、テロ再発の可能性参照)
否は人道が乱れている状態です。上と下の意志が交わらないというのですから、田中外相が事務方、さらには首相官邸と対立している状態を示しているといっていいでしょう。
上卦の乾(天)は人体でいえば首を意味しています。首が地(坤)のうえに落ちているということは、つまり首が飛ぶぞということを暗示しています。田中外相の立場は非常に危ういです。
また、否という卦は小人が跋扈して君子を駆逐する卦です。この場合の小人は官僚でしょう。官僚が大臣を駆逐しようとしているともとれます。(なお、君子=外相、官僚=小人は文字どおりの道徳的意味でなく、単に上に立つ人と下で働く人といった意味で考えています)
さて、初爻をみてみると、「茅(ちがや)を抜くに茄(じょ)たり。その彙(たぐい)とともにす。貞なれば吉にして亨(とお)る」といっています。
草の根が連なっているように仲間とともに行動すれば小人でも吉であるといった意味ですが、田中外相は孤立無縁です。行動する仲間はいません。一体どういうことでしょうか。
判断が難しいのですが、君子を駆逐しようとする小人も場合によっては(ここでの小人は茅)は力になってくれる(貞なれば吉にして亨る)という意味ではないでしょうか。
そう考えると、田中外相のなすべきは更迭人事でなく、小人の抜擢(茅を抜く)ということでしょう。田中外相がいくら事務方を怒鳴りつけたところで効果はありません。官僚は官僚で対抗させるのが一番だということです。
対抗すべきは同じレベル同士の人間であって、大臣と官僚との非対称のバトルを行なっても成果はありません。官邸にかけこんで問題をこじらせるだけです。官僚の天敵は官僚であり、代議士の天敵は代議士なのです。田中外相の対抗すべきは、福田官房長官や橋本派の代議士であること自覚すべきでしょう。
ゆえに、田中外相は非常に危険な状況にありながらも若干の希望あり(十二月まではもつだろう)と易断いたします。
しかし、小人を抜擢するといっても現在では人事もままならない状態です。しかもこの卦は君子は自重せよという卦です。実際、このひとに自重といったがらにもないことができるかというのが正直な気持ちです。難しい易断になりました。
はたして結果はいかに。