二〇〇三年十一月二十日

松尾真氏(京都精華大学教授)の運勢を占う

小生は金魚を飼うのが趣味である。
小生の水槽にかつて金魚が二匹いた。ピヨちゃんとプクちゃんという名前である。
ピヨちゃんとプクちゃんは時々ケンカをすることがあったが総じて仲良く暮らしていた。
小生は水槽に一切金をかけない。餌をあげるのと蒸発した水を継ぎ足す以外は何もしない。
狭く貧しい世界であっても生態系がしっかりしていれば金魚は長生きするのである。
一年後、ヨシノボリという魚を水槽にいれてみた。どじょうみたいな魚である。
ヨシノボリは当初ひっそりと水槽の片隅にいたが、ピヨちゃんとプクちゃんを激しく攻撃するようになった。
おかげで金魚の尾びれがぼろぼろになった。あわてて、魚を別々の水槽に移すが、ピヨちゃんとプクちゃんはほどなく死んでしまう。
しばらくして孤独に耐えられなくなったのかヨシノボリもあとを追うようにして死んでしまう。
それ以後、小生の水槽は金魚の生きられない不毛の地になってしまった。
ヨシノボリ以前と以後は何かが変わってしまったのだ。

前置きがながくなったが、これから話すことも水槽の事件と似ているのかもしれない。
第三者にとってはピヨちゃんとプクちゃん違いは分からない。ましてやヨシノボリにいったっては見当もつかない。
しかし、当事者にとってはその違いは極めて深刻で重大だ。そういう話なのである。

今回は松尾真氏の運勢である。

松尾氏とは誰か。
松尾真──70年安保闘争、沖縄闘争を戦った元全学連委員長にして「破防法被告」、一言でいえば生粋の革命家である。
その松尾氏が1988年、突然、小生の通っていた法政大学にやってきた。

そのときの異様な雰囲気を表現するのは難しい。
誤解を恐れずにいえば、まだ自民党の幹事長になるかならないくらいの頃の小沢一郎が田舎の町に突然やってきて、市議や地元の有力者やらを片っ端からつかまえて「ここの政治は駄目だ、俺がきたからにはここの政治を立て直してやる」などと言って豪腕ぶりを発揮しはじめる、そんな感じだろうか。
狭い世界とはいえ松尾氏は全国区の人間、左翼学生の間ではその名を知らぬものはいないスーパースターである。そんな人間が法大にきた。何かが起るにちがいない、そんな雰囲気が広まる。

当時、法大の学生運動には二つの勢力が存在していた。白いヘルメットを被る集団と黒いヘルメットを好む集団。小生はといえば、黒ヘルの一員ではあったが主要な立場ではなかった。自らを称し「末端黒ヘル」と位置付けていた。
白と黒では何が違うかというとこれがまた説明が難しいのだが、ジュリエット のキャピレット家とロミオのモンタギュー家が学生会館という小さな村で勢力を争っていたと考えてもらえばいいだろう。

さて、松尾氏の目に、当時の法大学生運動はどう映ったのだろうか。
彼の書いたビラの文章をみてみよう。

「……われわれは率直に反省、自己批判する。こういうインチキを黙認しているわれわれ自身の腐敗が法大学生運動を腐らせてきたのである。階級闘争は数の問題ではない。なによりも革命的戦闘精神、魂の問題である。……」

松尾氏は白ヘルのキャピレット家の出身だが、キャピレット家とモンタギュー家が馴れ合っている姿が、どうしても許せなかったようだ。
そして、彼は宣言をする。

「わが法大学生運動は……いま、最も鋭い革命的飛躍を求められているのである。このとき、一切の右翼日和見主義者は害毒を流すのみであり、容赦なく粉砕されなければならない。」

そして、松尾氏は法大学生運動を立て直おそうとイデオロギー闘争に着手する。この場合のイデオロギー闘争とは、個人と徹底的に討論して自らの誤りを認めさせ、運動方針に従わせるというものである。階級闘争の一環でもあるので非常にシビアである。

「……階級闘争は情け容赦ない。選択は二つにひとつなのである。」

階級闘争が情け容赦ないのか、それとも松尾氏が情け容赦ないのか。
この間、個人を批判したビラが何枚もだされた。ビラにかかれた人物はつぎつぎと白ヘルの拠点である自治会室の一室に呼び出され、松尾氏と討論することになる。それだけでなく討論の内容がビラになって公開される。ついに耐えきれず自己批判書を書かされて自らの手で配付させられるものや、サークル団体の執行部を辞任させられるものが出てきた。

そして、いよいよ小生の番が巡ってきた。ついに小生に松尾氏の審判が下ったのだ。
死刑はないにしても有罪は間違いないと踏んでいたが、松尾氏の下した判決は予想に反して無罪放免(いや、起訴猶予というところか)。「おまえの考え方は嫌いだ」とは言われたが、特に自己批判を求められたりはしなかった。小生は延命したのだ。
(このときは中川も同席していたのだが、中川の話をするとややこしくなるので、ここでは触れない)

そして、この討論を最後に松尾氏のイデ闘路線は失速することになる。
なぜだろう。強硬な路線が息切れをしたためか、はたまた革命党派の内部問題か、それとも階級情勢の急変か。
いずれにしても、松尾氏の勢いはここで止まる。幸か不幸か小生は革命的飛躍を成し遂げずにすんだ。
結局、松尾氏はわずか数ヶ月で何人もの人生を変えたが、法大学生運動を変えることには成功しなかった。

その後、小生が卒業してから何年かたち、風の噂に松尾氏が革命団体から離脱したことを聞く。
どうやら革命的飛躍を遂げたのは松尾氏のようだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇

長々と書いてきたが、ホームページに文章を公開するという性格上、どうしても書けなかったことも多し、あえて面白おかしく書いたところもある。当時の関係者が読めば間違っていると怒る箇所もあるだろう。それはそれで楽しいものだ。
あれから15年がすぎた。当時の記憶もだんだん曖昧になってきた。松尾氏のことをよく憶えているのは、体験の強烈さもさることながら、一連のビラとレジュメを持っているからである。しかし、なぜなのだろうか、自分の書いた他のビラなどはとうの昔に処分してしまったのに、松尾氏の書いたビラだけは今もなお残っているのは。

松尾氏は現在大学教授の地位にいる。

かつて、左翼運動に関わった人間で大学に職を得ている人間は多い。尊敬に値する人間もいるが、ろくな研究もせず学内政治に熱心な人間がいるのも事実である。 
そのなかにあって、松尾氏がメールマガジンというかたちで社会へむけメッセージを発信するのは貴重な試みである。ただし、そこではかつての過激な論調はほとんど影を潜めている。現在の立場を考えれば当然ともいえる。

しかし、あえて松尾氏に問いたいのである。

いま、どのような政治参加の方法がわれわれに求められているのか。そしてそれはどのように過去と連続し、あるいは断絶しているのか。
そして、サステナブルな社会に移行するためには、われわれは何をすべきなのか。

いすれにしても、小生にとって松尾氏とは、今でももっとも恐れる存在であり、もっとも気になる存在であることは間違いない。
そこで、松尾氏の今後の運勢について占ってみることにする。


   ◇   ◇   ◇   ◇

gon

ri 3kou


山火「ひ」(噴の口の無い字)の三爻を得た。

「ひ」は飾りを意味します。この卦は、内卦が離です。離は火を示します。火によってくらい所がよく見えるようになります。分からない所を明るくするという意味で、離は文明の象徴です。外卦が艮、山です。この場合は止まるということ、限定を示します。未開の人間が文明によって開花されると、外見を気にして服を着飾ります。しかし、このことは同時に己の分際をわきまえることにつながります。

己を着飾ることにで自分をわきまえることが「ひ」の意味です。

とすれば、松尾氏は、かつては野蛮人で今は外見ばかり気にする人物ということでしょうか。

そうではありません。この場合、内卦の火、つまり文明の意味する所は、アカデミックな世界ということになりましょう。山に止まるということは大学の人間として生きることに限定したということでしょう。

小生、実はひそかに松尾氏が、たとえば市民運動のような形態をとって、再び政治の世界に復帰するのではないかと思っていました。松尾氏は環境問題が専門です。現在の日本では、環境問題を中心にすえた大衆的な政党や政治集団はありません。そのような団体が設立され、地域に根ざした活動をすれば、新しい政治の潮流として発展する可能性は大きいような気がします。しかし、松尾氏がそういうことをすることは無さそうです。

ゆえに、松尾氏も今後は大学の人間として生きてゆくことになると易断いたします。

ちなみに「ひ」をさかさまにすると、「ぜいこう」という卦になります。刑罰という意味です。
松尾氏がかつて国家権力や敵対党派から狙われていたことを示すのでしょうか。それとも、国家権力と戦って大義を実現しようという自身のやってきたことを示すのでしょうか。
どうとるにせよ、いまの松尾氏の状態は過去が完全にひっくり返ったうえに成立していることは間違いありません。

大学の教員であることは、それ自体としてはいいことでも悪いことでもありません。いずれにしても、松尾氏には大学という場に安住することなく、社会へのメッセージだけは発信しつづけてほしいと思います。



易の部屋に戻る