二〇〇六年十一月四日
ミチさんは愛人になるべきかどうか占う
こんばんは。約二年半前に占って頂いたミチと言います。
覚えていらっしゃるでしょうか?
タイトルは「2月27日 彼のことが忘れられないM子さんの運勢を占う」でした。
占って頂いた三年が近くなってきたのですが、未だに結婚相手は現れていません(笑)。彼の事も以前のように強く想う事もありませんが、やはり忘れられない人で有ることには変わりありません。
先生に相談してからもずっと辛い日々は続いていましたが・・・。
そして今回、先生にご相談のメールを差し上げたのは、彼ともう一度再会する事になったからです。もちろん彼は今でも既婚者ですし、また不倫をしようというのでもありませんが、ある人の勧めで再度私がサークルに参加出来るようになり彼と再会する事になったのです。今は、その時期が来月に迫ってきてかなり不安なんです。結局、サークルを辞めてから四年以上のブランクがあります。
彼は今、私の事をどう思っているんだろう? サークルのみんなの反応は? など、気になったら寝られません(^^;)。
でも正直な所、彼には会いたいです。
そして理解しがたいかもしれませんが、彼の愛人として生きていかないか? という話まで出ています。。。
ずっと一人でいるよりも、彼に生活を見て貰った方がいいと勧める方がいて・・・です。
(彼にもその話はしてあると聞いています)私も最初は拒否していましたが、このまま一人ならと考えるようにもなりました。
でも周囲の目もあるし、過去があるだけに本当にうまくいくのかどうか良く分からないんです。
先生、彼とはどうなって行くのでしょうか?先生の占いどおりだと、もうそろそろ新しい誰かと出会わなければ行けないような気がするのですがそんな出会いもないし、再会するのは彼だし・・・先生が易断した『水風井』という卦は他に解釈の仕方はないのでしょうか?
私は彼の愛人になった方が幸せですか? それとも出会いがなくても一人でいた方がいいのでしょうか?
変な質問で恐縮なんですが、かなり悩んでいますので、もし良かったら占って下さい。
宜しくお願い致します。
以前、占ったかたからメールがくるとうれしいものです。ミチさんを占ったときには、風水井を得ました。井戸の水はつきない。井戸が人から忘れられることがあったとしても、また誰かが見つけてくれる。そういう意味の卦です。だからミチさんは再婚すると易断したのですが現実は違っていたようです。
今にして思えば、井戸の水はミチさんの彼への思いで、決してつきることはない。今は打ち捨てられても、サークルの人たちや彼は戻ってくる。こう占えばベストだったでしょう。
しかし、かような易断は出せません。そううなれば、ミチさんは彼への思いに執着し、ますます大変な状況になると思っていましたから。
では、解釈を間違えたのかといえば、少々違うと思います。どんないい卦が出ても自然にそれば実現できるとはかぎりません。試験に合格するという卦が出ても、本人がそれに甘んじ努力しなければ、結果は悪いものといえます。ミチさんがいままで出会った中で彼のことが最高で彼を超える人は今後もいないだろうという思いを清算できなければやはり予言も成就しません。じゃあどういえばよかったのか、そのあたりは悩むところで小生の研究課題といえましょう。
それはともかくとして、彼と再会できそうになりました。しかし、愛人とは穏やかでありません。このところをしつこくミチさんに問い合わせてみました。
通常、だれそれの愛人にならんかといわれても、はいそうですかと引き受ける人はめったにいません。ミチさんもはじめは非常に戸惑いました。
しかし、より現実的に考えた場合はどうでしょうか。このまま独り身を続けるのがいいいのでしょうか。それとも、いまでも思いを捨てきれず、再会することを思うと胸がどきどきする彼と関係を持つことができるなら、愛人という肩身の狭い立場でもしかないのではないか。そんな問題です。「私ももう四十になるんですよ」。ミチさんの言葉が重く響きます。
それでは占ってみましょう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇

風地観の三爻を得た。
この卦は一説によると卦のかたちを楼閣にみたてているという解釈があります。つまり、初爻から三爻までが建物の長い柱で、上爻と五爻が建物の部屋を示すという訳です。高い建物にいれば人を見ることができるし、人からも見られます。ゆえにこの卦の意味は、見る、見られるから観といいます。
人から見られている場合、人はどうすればいいでしょうか。何事にも誠意をもって恭順な態度をとらねばなりません。そうすれば咎はありません。
さて、この卦はミチさんにとっては何を意味するのでしょうか。
サークルのメンバーの何人かは彼とミチさんの愛人関係が始まろうとしていることを知っています。はっきり知っている人もいれば、何も知らなくてもどうしたのかと注目する人もいるでしょう。
だから、みんなは、そのことは口に出してはいわないでしょうが、ミチさんのことを見ています。そんな状況ですからミチさんは儀式を行うときにようにうやうやしく振る舞わねばなりません。
三爻をみてみましょう。
我が生を観て進退す。
見るのは人から見られるばかりではありません。
自分で自分をよく見なければなりません。
サークルにまた参加し、彼と愛人関係をもてば、いろいろ苦しいことがかならず出ます。そのことはミチさんもよくわかっているはずです。結局はその都度自分の生き方を見据えながら行動するしかありません。
ミチさんは愛人になってもかまいません。ただし、しっかり自分を保たなければならないと易断いたします。
愛人になるというのは、小生いまでもおすすめできませんが、彼への思いがあってのことでしょう。今回の話をことわればミチさんの今後の生き方が非常にあじけないことになることも事実でしょう。
愛人といえども正妻よりも寵愛を受け幸せな人もいます。ミチさんは彼から愛され幸せになってほしいと祈念いたします。
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