Q 易は科学的に立証できるんですか。
A できません。物理の実験とは違います。
物理の実験は同じ条件でしたら何回やっても同じ結果が出ます。
易は二回おなじことを占ってはいけないのです。易は占う者の誠意が大事です。二回占うということは、誠意がない証拠です。誠意がないものが占っても当たるわけはないでしょう。
それに、占う事柄は長い人生、たった一度限りのものなのです。そもそも検証は不可能なのです。
そういう意味では、易は天気予報に似ていなくもありません。天気予報は気圧、気温、風向き、衛星写真などで天気を予想します。ときとして大外れすることもあります。人生においても荒れる日もあれば、晴れの日もあります。大きな目でみれば四季があります。よく同じことが繰り返されますが、過ぎ去ってきたものは二度と戻ってきません。
それでは、易は何を見るのでしょうか。それは「気」を読み取るのです。原子の運動、天体の運行、社会や人の心の動き、つまり森羅万象、過去未来はそれだけでなりたってるものではなくお互いに結びつき共鳴しあっているのです。
万物を育て、結び付け、あるいは死滅させる働きをもったもの、それが「気」なのです。そもそも「気」は立証するものではないのです。感じるものなのです。
だれしも生きていくにあたって、いちいち科学的に立証してから行動なんかしていません。実はだれしも「気」を読み取りながら動いているのです。
「気」を読み取る方法が筮竹を数える行為なのです。筮竹は易における気象衛星であり、気圧計であり、温度計なのです。
易の結果、得た「卦」はいわば衛星写真であり、気圧配置図なのです。
しかも、気象予報士と同じく重要なのが、データを読み取る、解釈する力量なのです。